先日の夜、地元の駅からの帰り道、
レストランのアルバイトだろうか、
女の子がビラを配っていた。

小さく足踏みしながら、カタカタ震えながら。



僕は街角や、駅前などでのビラ配りは受け取らない。

大抵の場合、自分には関係ないから。

と、同時に、広告代理店の時のサンプリング企画の経験が
影響していると思う。

クライアントから予算をいただいて、サンプリングをする場合、
それは適確にターゲットに届かなくてはならない。

事前に、男・女、だいたいの年令などターゲットを設定し、
基本的にはターゲット以外には積極的には配らない。
特にクライアントが外資系だったりすると、
事前の企画段階から配布基準などを厳しくチェックされる。

「効率的なマーケティングに対価を払う」という
極めて当たり前の話だ。

もちろん、ターゲット以外でも、「ください」と言われれば
基本的には断ることはしないが、「何かがもらえる」というだけで、
「ください」という方には、商品の簡単な説明をすると、
逆に「あ、なんだ。じゃあ、いいです」、と断られる方もいる。

「もうひとつ、ください」、という方にも、
「なるべく多くのみなさまにお試しいただくために、
申し訳ございませんが、お一人様、おひとつとさせていただいています。」
と説明するなど、マニュアルを用意するのも基本。

単に、「お願いしま~す」、と配るのではなく、
ターゲットとの一瞬のコンタクトの中で、短くて伝わる
サンプリング・トーク(キャッチフレーズ)も徹底的に考える。

「お願いしま~す」じゃ、何なのかわからないから。

基礎的な商品知識や、競合との違い、マナーまで教育する。

配る女性が、ひとりの企業の顔と受け止められるから。
「これが私たちの考えるクオリティ・サンプリングです。」と、
自信の持てる企画を提案する。

・・・という経験もあり、誰にでも「どうぞ~」と配っているビラは
受け取らないポリシーを持っていた。

自分にとっての情報でない確率が高いのと、
(コンタクトレンズやサラ金やパチンコの開店告知は必要ないし、)
おせっかいながら、まだ見ぬ雇い主の効率を考えて。
僕にくれるなら、ちゃんと必要としている人に
届けばいいのにと思っていた。



だが、昨夜のあまりにも寒そうに震えている女の子を見て、
通り過ぎてから、しばし考えた。

めちゃくちゃ寒そうだったな。
配り終わればお店に戻れるのに。

もしかしたら、彼氏と待ち合わせしてるかも。
もしかしたら、お母さんの誕生日かも。

でも最後の一枚を配るまでは戻れない。
寒くても、やるしかない。

バイトでお金をもらっているのだから
情けは無用・・・かもしれない。


自分が関わるプロジェクトの女性たちには厳しかった。
正しいと思うことを徹底していたから。
一方、地元のその子が配っているビラは当然自分は関わっていない。

でももしかしたら、そのビラは自分に関係のあるものかもしれなかった。
だとしたら、雇い主も僕が受け取れば意味のあることだったはず。


今まで、思い込んでいたのかも。かたくなに。
自分(たち)の考え、やっていることが、「絶対正しい」と。

受け取って、もし関係のなかったものであっても
自分は何を損するのだろう。

ゴミ箱に捨てるぐらいなんでもない。
(まあ、資源のムダだな、という思いはありつつも。)

そもそも「絶対、自分には関係ない」と言い切れるものではない。

そう考えると、「絶対正しい」ことなんて、
世の中には、ほんのわずかしかないかもしれない。

ちょっと「かたくなな自分」が恥ずかしくなった。
ポリシーがあるのはいいのだが、
そして自分が正しいと思うことに真摯になるのはいいのだが、
本当にそれが「絶対」なのか。
単に思い込みの意地っ張りではなかったのかと。

もう少しやわらかく考えてもいいんじゃない>自分
と考えさせてくれた、ビラ配りの女の子に感謝。

今度は受け取るよ。