あるつながりの方のブログを読んでいて
ふと思ったこと。


「色々あって、最近(会社で)怒ってばかりだなあ。」的な
ボヤキかつ反省的なことを書かれていた。
素直に、もっといい方向に向かうよう、がんばらなきゃ!モードで、
エールを贈りたい。
(Rさん、がんばって!)


そこで、ふと思ったこと。

人にはそれぞれ環境があり、性格も違う。

自分の場合、「仏の○○」と言われたことがあるくらい、
滅多に怒らない。
平均して年に1回? かなり本気で怒るのは?

波風立てず、和を重んじる日本人の平均像になりたいと
思っているわけではないのだが、「怒る」ところまで
テンションが滅多に爆発しないだけだ。
(ゴミバケツを蹴飛ばしたのは、いつだったろう。。。 笑)


もちろん、心の中で、怒っていることはある。


「人には人の事情があるし、まあ、わからんでもない」とか
「まあ、悪気があってやってるんじゃないんだから」とか
「そっちもそっちなら、こっちもこっちかも」とか、
100:0で相手が悪くなければ(=そしてそんなことは滅多にない)、
なんやかんやと怒りもおさめてしまうことが多い。



ある時、雑誌で読んだ。 もっと怒ろう!という内容の記事。

********以下、覚えている内容**********

日本人は人前で怒ることをとても抑えている。
怒鳴ることは社会人として成熟していないとか、
いわゆる「大人気ない」とか、
「和を乱すひと」と思われたくないとか、
色々な思いで、喜怒哀楽という人間の根本的な感情の
ひとつをかなり強く抑えている。

でも、怒ること、怒っていることをちゃんと伝えることは
実はとても大切なこと。

逆にちゃんと伝えることで、問題が解決したり、
今後の関係がうまくいくこともある。

怒ることの効用もちゃんとあるわけだ。

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なるほど、と思った。

僕は「相手の事を思って」と思っていたことが、
実は「相手の事を気遣うばかりに」と勘違いしていたこともあるかも
しれない・・と。

もちろん、相手の気持ちになること、相手を気遣うことはとても
大切だと思う。
・・・と同時に、自分の感じてることを、ちゃんと(この「ちゃんと」が
ポイントだと思うのだが)伝えることが、疎かになっていたこと、
あえて疎かにしていたことはなかっただろうか。

その場では、よくても、最終的に本当に相手にとって、自分にとって、
よかったんだろうか。



なにも、明日から怒鳴ろう!という気はこれっぽちもない。
無理に怒ろうというつもりもない。

ようは、もっと、ちゃんと伝えること・・というカンタンなこと。

その中で、喜怒哀楽の「怒」は「極端に」抑えられてしまう。
もう少し、素直に開放してあげてもいいのかな、と。

それが自分のストレス解消ということでなく、
相手にも、自分のためにもなることなのであれば。

「ちゃんと」伝えて、「ちゃんと」フォローする。
そこに「怒る」要素も仲間はずれにしない・・ということか。

書いているうちに整理されてきた。(苦笑)

と言っても、そんなに怒ったりしませんから、
気軽に声をかけてやってくださいネ♪
もし怒ることがあれば、愛情だと、ご理解ください。(苦笑)

PS)
しかし、「怒」って漢字、怒ってるように見えるね。