1986年の夏、2冊の刊行本にうなされた。

当時、初めての一人暮らしを信濃町で始めていた。
親元から会社までは1時間もかからず、通うことはできたが、
是非してみたかった一人暮らしが始まって間もなくのことだったと思う。

友人におもしろいよ、と薦められ、書店で買い、
神宮外苑の絵画館前の広場で地面に座り、
石の壁に寄りかかり、デイパックから買ってきた本のうち
1冊目を取り出し、なにげなく読み始めた。

「深夜特急 第1便 黄金宮殿」。

気がつくとあっという間に2時間程たっていた。

読み出したらとまらない・・・というのはこういうことをいうのか。
絵画館前からどこへ移動したかはハッキリ覚えていないが、
一気に1冊を読み切った。
そして、体の中になにか熱いものが残っている。
体温が2度くらいあがったのでは、そう感じる熱さだった。

「深夜特急 第2便 ペルシャの風」も読み終えるにはさほど時間がかからなかった。
(ちなみに、「第3便 飛光よ、飛光よ」)はその6年後に刊行された。)

1985年の初春、「この試験が通れば卒業単位になる」というテストを
「う~ん、いけたかな。」と直感したところで、卒業旅行ということで
学校の友人たちと1ヶ月の貧乏旅行に旅立った。
帰ってきてパスしてなければ、留年だったが、結果を待つことはできなかった。

目的地はアメリカ西海岸~メキシコ~アメリカ東海岸。
カンクンからマイアミまでの必然的空路を除いては全て陸路のノロノロ旅行だ。
その当時流行り始めた「地球の歩き方」を1冊とトラバラーズチェック、そして
バックパック。 (今でこそ、「ニューヨーク」とか街単位でもある「歩き方」は当時、
「アメリカ・中南米」で一冊だった!)
クレジットカードを持っていないので、金がなくなったら終わり。
そんな緊張感とある程度の予算計画書を持っての出発。
個人旅行の小さな代理店で大韓航空のエアーオンリーチケットを買い、出発。

途中、出る時と入る時で大きくレートが変わる変動の激しいメキシコのペソの影響で
1週間のつもりのメキシコ滞在が2週間になった。理由は簡単だ。
当時は1ドル=約250円。
「NYでは1日約5000円。ここカリブでは約1000円。
予定通りだと、NYで行き止まり。デッドエンドだ。宿や帰る金もなくなる。
よし、この島にあと1週間いよう。」なんて、友達と苦笑いしながらも
かなりの緊張感を持ちながらの旅。

そして友達とくっついたり、離れたり、合流したりというなかで
地球の裏側で全くひとりぼっちの日々もあり、
そんな頼りなさもほぼ消え去るような発見と興奮、驚き、感動の日々。
日に焼け、髪もヒゲも伸び、下痢をして痩せ、Tシャツを行く先々で洗っては干し、
2週間前に洗ったジーンズはメキシコのコインが重くてポケットが破けそうだ。
鏡はあんまり見なかったが目つきも鋭くなっていただろう。


そんな旅を経験したからということもあるだろう。
「深夜特急」に書き綴られた旅があまりにもリアルに息づいて感じられた。
旅の緊張感、開放感、せつなさ、満足感・・・というものが
ビンビンと伝わってくるし、思い起こされる。
行った場所、時間は全然違うのだが、貧乏旅行特有の感覚は全く同じだ。

そして自分の何倍もスゴイ旅をしてきたヤツがいた。。。
「深夜特急」の中にはそんな興奮と驚きが閉じ込められていた。。。


先月、スイッチ・パブリッシングからの偶数月発行のトラベル雑誌、Coyoteで
特集:「深夜特急」ノートが組まれているのを知り、
思わず中味も見ずに買った。

そこには、あの伝説のバイブルに隠された
たくさんの、そしてステキなヒミツがあった。

(→「深夜特急」のヒミツ(2)に続く)