出張を除いて、もう何年も旅(一人旅)に出ていない。

誰かと一緒に行動するのではなく、
いつまでにどこかに着かなくてはならない・・ではなく、
いつまでにどこかを去らなくてはならない・・・ではなく、
すべて自分の判断。
すべて自分のペース。
すべて自分の責任。

ふと気がつくと一人旅、
少なくとも長旅(それも最短でも3泊とか4泊とか)と言えるものは
ぱっと思い出せる範囲で10年以上行ってないのではないか。

初めての一人旅(厳密には友達とくっついたり、離れたり)は
大学の卒業旅行。
それは初めての海外旅行でもあった。

初めての異国の地は飛行機の窓から見えたロサンゼルス国際空港。

まだ「地球の歩き方」が「アメリカ・中南米」で一冊だった頃、
ロサンゼルス~アリゾナ~ニューメキシコ~
メキシコシティ~タスコ~メリダ~カンクン~
イスラムヘレス~マイアミ~ワシントン~ニューヨークを
1ヶ月かけてバックパックに長距離バスの貧乏旅行でまわった。

大陸を知った。ひとつの国の中での時差を知った。国境を知った。

遺跡を見た。自然を見た。海を見た。雪を見た。虹を見た。

街を見た。人を見た。文化を見た。貧富を見た。友を見た。

2つ目の大きな旅は、カウアイ島。
今度は移動はなかった。
19日間、同じ島にいた。
初めて左ハンドルを運転した。
レンタカーで島を何周もした。
スーパーで食材を買って自分で作った。
朝7時に必ず沖に現れるイルカに会った。
朝晩一瞬遭遇するラッシュにであった。
海沿いの木造りのバーで潮風に吹かれた。
夕方のビーチで夕陽を撮っていると人が集まった。
おばあさんに道を聞かれた。
することがなくなった。
帰る日、靴下を履くのが不思議だった。

3つ目の大きな旅はJapanWest。
普通乗車券でJR信濃町駅から電車に乗った。
そのまま新幹線に乗って京都に行った。
叔父さんの家で名所を教わった。
修学旅行以来の寺を見た。
修学旅行では行かない街を見た。
倉敷に行った。
修学旅行以来のアイビースクエアに行った。
修学旅行では行かないコースを散策した。
岡山に行った。
そこから吉備津線に乗り、途中下車した。
駅前の宿案内でいい宿を教わった。
ふすま一枚で仕切られた素泊まりも堪能できた。
尾道に行った。
坂を登り、坂を降りた。
絵になる写真をたくさん撮った。

その他、バリなどいくつかの旅。

スラスラと書き進められる記憶。
それはまさにマイペースで進んだ旅だからだろう。

一人旅。
全てが自分のオーダーメイドだ。
自由がある頃には自由のありがたさがわからない。

一人旅。
風景が友達。本が友達。音楽が友達。
そして宿の主人や旅行者が友達。

一人旅。
ボーっとしてもいい。
動き回ってもいい。
留まってもいい。
移動してもいい。
特に悪いことじゃなければ、
何をしてもいい。

一人旅。
帰ってくればもう一人ではいられない。
そこには非日常はない。
そこにはほとんど時間がない。

一人旅。
別に意識的に充電しなくても
放電すれば、自然に充電される。

そんな旅が今必要かもしれない。
忘れていた何かが動くような気がする。
知らなかった何かに出会うような気がする。