初めに言っておくと、僕は政治家でもその関連でも、運動家でもありません。
一個人のBlogということで。。
先日遅ればせながら華氏911を見に行き、「おいブッシュ、世界を返せ!」を読んだ。
映画館で見終わった最初の感想は
「ううん、スカッとした」、
そして「パルムドールはありえるかも」、
次いで「この男の勇気にリスペクト」、
最後に「世界平和は可能性あるかも」だった。
まず、「ううん、スカッとした」・・・
「ううん」で表現しきれないけど、
アクションものや勧善懲悪ものの単なる「スカッとした!」ではなく、
「色々なモヤモヤしたものが解けた」、
「ハッキリものを言ってくれた」ことに対する感想だな。
具体的に何を・・を説明すると長~くなるのでここでは割愛。
「パルムドールはありえる」・・・
多くの映画人がこんな映画表現もあるのか、と驚いたのではないか。
CGを駆使するわけでもなく、数十億のセットやエキストラやタレントを使うのでもなく、
単なるドキュメンタリーでもなく、こんな映画のスタイルが、
そしてこんなにも製作者のメッセージがハッキリした映画ができるのか、
というある意味新鮮さ。
もちろんメッセージそのものにも評価があったと思うが、カンヌは政治討論の場ではなく映画の祭典なので、
そんなところが評価につながったのでは、と感じた。
一方でこれは映画なので、(適切かどうかわからないが)エンターテイメント性もあり、
ユーモアもあり、脚色もあり、
中立的な事実のみのドキュメンタリーでないことは確かだが、
(客観的に見ていれば何がユーモアなのか、何が脚色なのか、何が真実なのか、わかるように描かれている)
ストーリーの背景は全て事実関係をベースにしている(書籍を見るとその「裏作業」が
いかに大変だったかがわかる)
ところも説得性・構築という点からも評価されたのかもしれない。
「この男の勇気にリスペクト」・・・
命を狙われるかもしれない?
リスクを冒してまでもハッキリと世界に伝えるべきことを伝えるこのMM氏の勇気は、
どんなに脅かされても、
それは「痛いところをつつかれたから」「出るところに出れば負けない」という
自信からの行動なんだろう。
それにしても普通はできない。
「世界平和は可能かもしれない」・・・
ムーア氏の表現するように世界は
「富める者、権力のある者」と「それらのない者」で構成されているのなら、
その構造改革で世界はもっと平和になれる可能性はあるのではないか。
そんな彼の思いが映画と書籍とWebで一般に広く伝わり、そこに共感が湧き上がり、
(特にアメリカでは)行動につながっている。
ブッシュ氏は前者の象徴として表現されていて、彼個人に対する憎しみから
この映画ができたわけではないはずだ。
ムーア氏の言うとおりにすれば、明日にでも世界中が平和になる、というつもりはないが、
そこに少しでも可能性があるのなら、前向きにとらえてみたい。
神社仏閣に一般的な日本人としてお参りする時、世界の平和を祈っている自分としては、
このメッセージをキッカケに世界平和を祈る人が(一般大衆のほぼ全員がそうだと思うが)
また増えていくであろうことを感じ、
勇気付けられる映画であった。
ちなみに興味のある方は↓で全米公開翌日の反響その他が見られます。
http://www.michaelmoorejapan.com/words/2004/0626.html
一個人のBlogということで。。
先日遅ればせながら華氏911を見に行き、「おいブッシュ、世界を返せ!」を読んだ。
映画館で見終わった最初の感想は
「ううん、スカッとした」、
そして「パルムドールはありえるかも」、
次いで「この男の勇気にリスペクト」、
最後に「世界平和は可能性あるかも」だった。
まず、「ううん、スカッとした」・・・
「ううん」で表現しきれないけど、
アクションものや勧善懲悪ものの単なる「スカッとした!」ではなく、
「色々なモヤモヤしたものが解けた」、
「ハッキリものを言ってくれた」ことに対する感想だな。
具体的に何を・・を説明すると長~くなるのでここでは割愛。
「パルムドールはありえる」・・・
多くの映画人がこんな映画表現もあるのか、と驚いたのではないか。
CGを駆使するわけでもなく、数十億のセットやエキストラやタレントを使うのでもなく、
単なるドキュメンタリーでもなく、こんな映画のスタイルが、
そしてこんなにも製作者のメッセージがハッキリした映画ができるのか、
というある意味新鮮さ。
もちろんメッセージそのものにも評価があったと思うが、カンヌは政治討論の場ではなく映画の祭典なので、
そんなところが評価につながったのでは、と感じた。
一方でこれは映画なので、(適切かどうかわからないが)エンターテイメント性もあり、
ユーモアもあり、脚色もあり、
中立的な事実のみのドキュメンタリーでないことは確かだが、
(客観的に見ていれば何がユーモアなのか、何が脚色なのか、何が真実なのか、わかるように描かれている)
ストーリーの背景は全て事実関係をベースにしている(書籍を見るとその「裏作業」が
いかに大変だったかがわかる)
ところも説得性・構築という点からも評価されたのかもしれない。
「この男の勇気にリスペクト」・・・
命を狙われるかもしれない?
リスクを冒してまでもハッキリと世界に伝えるべきことを伝えるこのMM氏の勇気は、
どんなに脅かされても、
それは「痛いところをつつかれたから」「出るところに出れば負けない」という
自信からの行動なんだろう。
それにしても普通はできない。
「世界平和は可能かもしれない」・・・
ムーア氏の表現するように世界は
「富める者、権力のある者」と「それらのない者」で構成されているのなら、
その構造改革で世界はもっと平和になれる可能性はあるのではないか。
そんな彼の思いが映画と書籍とWebで一般に広く伝わり、そこに共感が湧き上がり、
(特にアメリカでは)行動につながっている。
ブッシュ氏は前者の象徴として表現されていて、彼個人に対する憎しみから
この映画ができたわけではないはずだ。
ムーア氏の言うとおりにすれば、明日にでも世界中が平和になる、というつもりはないが、
そこに少しでも可能性があるのなら、前向きにとらえてみたい。
神社仏閣に一般的な日本人としてお参りする時、世界の平和を祈っている自分としては、
このメッセージをキッカケに世界平和を祈る人が(一般大衆のほぼ全員がそうだと思うが)
また増えていくであろうことを感じ、
勇気付けられる映画であった。
ちなみに興味のある方は↓で全米公開翌日の反響その他が見られます。
http://www.michaelmoorejapan.com/words/2004/0626.html